青みがかった色に、細かく梅花皮(かいらぎ)が入ったシャープで端正なライン。特有の「藍(あい)色志野」で、土と向き合い、自らの表現を追い求める。 窯元に生まれ、名古屋工業大ではニューセラミックスを学んだ。志野への道の最初の一歩は、卒業後の進路を考えていたとき。後に師事する加藤孝造さんの志野を見て、衝撃を受けた。「それまで量産の志野しか知らなくて。このとき、しびれたのが今に続いているんでしょう」 その後、多治見市陶磁器意匠研究所で学び、加藤さんに師事。「自分にはたいしたものはできない。情熱がなくなっていやになっちゃった」時期もはさみ、作品づくりに本腰を入れ始めたのは三十歳のころだった。特に表面の釉(ゆう)が縮れたようになる「かいらぎ」に心引かれたが、思い通りのものはできず、試行錯誤の日々。土、釉薬、焼く温度などデータを毎回とり、七年間でたいた窯は約五百窯にのぼった。 同時に色も新たな境地となる青へと変わった。呉須を塗ってから、志野の釉薬をかけるが、最初は「気持ち悪い青になった」と苦笑する。「ひびフェチ」と自称するかいらぎへの執着、洗練された青。そして、互いを引き立たせる凛(りん)とした造形。既成概念にとらわれない独自の作品づくりに見本はなく「少しずつの積み重ねが違いになる。考えて、ポイントを探して分析していくしかない」と話す。 これまでに二〇〇二年の国際陶磁器展美濃の陶芸部門で銀賞、イタリアの公募展「ファエンツァ国際陶芸展」で二回入選するなど評価を重ねてきた。「作品は自分とともに変わっていけば自然かな」と考えている。 「自分と志野のかかわりの中から、素直につくっていったらどうなるのか。それが僕の志野」。(内田由紀子)