知山窯の三代目として、前衛的な作品に挑む作家活動とともに、デザインに工夫を凝らした実用的な食器などの器づくりに取り組んでいる。 戦後間もなく、地場産業の商品のデザイン向上を目指して「小谷陶磁器研究所」を設立した祖父の初代・知治さん(一九〇九−五九年)、オブジェなど前衛的な陶芸作品を世に送り出した「走泥社(そうでいしゃ)」の運動に加わった父・光一さん(72)の血を受け継ぐ。 光一さんに連れられて、京都の走泥社展に行くうちに、創立メンバーの一人の陶芸家鈴木治さん(一九二六−二〇〇一年)の作品に感銘を受ける。「線と線のバランスの素晴らしさ。緊張感、柔らかさと優しさが伝わってくる」 多治見工高デザイン科を卒業、名古屋造形芸術短大を中退、多治見市陶磁器意匠研究所を経て本格的な造形活動に。オブジェ的な前衛作品を手掛け、一九八九年から伝統的な釉薬(ゆうやく)の「伊羅保(いらぼ)」を使い、赤から黄色の濃淡のグラデーションが効果的な「朱黄(しゅおう)」シリーズを発表している。 公募展は、高さ六十センチを超す大きな作品を出品。国際陶磁器展美濃では、八二年の初入選以降、九二、九五年に入選。現在、土岐市のセラトピアギャラリーに飾られている「遥山」(九二年)が土岐市の永久保存作品に選ばれ、大垣市のソフトピアジャパンでは野外モニュメント「絆(きずな)」(九六年)が楽しめる。 三年ほど前からは、茶陶に興味を持ち、土の塊から形にする手法で取り組み始めたが、難しさを痛感しているという。「自然に作ろうとしても、バランスがとれない」「故意にゆがみを作ろうとすると、形が崩れる」 悩みながらも、今年四月に名古屋市の百貨店での個展で「彩金銀シリーズ」を発表。釉薬を筆で飛ばして着物のような柄を描き、金銀箔(ぱく)を張って鮮やかさを醸し出している。「自分のものになりそう。しばらく続けていきたい」と意気込む。(妹尾浩和)