


|
|

200721月30日更新
評 歌舞伎 勘三郎の明治座大歌舞伎 緊迫感、旅公演ならでは
2006年7月31日 放送芸能面
同じ芝居でも“小屋”が変わると違った味になる。それを実感させたのが、勘三郎の明治座大歌舞伎だ。
岐阜県中津川市郊外の山あいにあるこの小屋は建てられてから百十二年。間口八間、昔ながらの桟敷で舞台、客席とも手狭なのに舞台と客が顔を突き合わせた逃げ場のない緊迫感が一体となってドラマを盛り上げ、大劇場で味わえぬ、昔ながらの雰囲気を醸し出した。東北から九州まで、乗り打ちの強行公演なのに、こんな芸当を実行してしまうのも勘三郎なればこそ。平成中村座を立ち上げたあの気力がここでもいい形で実を結んだ。
座組みは勘三郎を軸に扇雀が脇を固め、弥十郎が“三役”扱いという小ぢんまりした一座なのに、普段マイナー級の地味な連中が思わぬ大役を得て奮闘。この熱気が前面に出て締まりのある舞台になった。
お目当ての「口上」も旅公演らしくざっくばらん。これも襲名の追い風を背に人気を手にした勘三郎のうまいさばき。それより何より個性を存分に生かした昼夜の演目。昼の部では「身替座禅」の右京、夜の「千本桜」ではいがみの権太をのびのび。「すし屋」の幕切れで、ハンカチを手に客席全体がこんなに感激する姿を見たのも小さな小屋なればこそだろう。
「身替−」の右京は、花子との思い出に浸ってトロンとほろ酔いで帰ってくる花道が絶品。恐妻玉の井との顛末(てんまつ)は分かっていても、その運びは実に流ちょう。弥十郎は巨体だけでも笑いがくるのに、節度をもって行儀を崩さなかったのがいい。
「千本桜」は木の実から小金吾討死をはさんですし屋まで。木の実は上手に椎の木、下手によしず張りの茶店。狭い舞台に苦心の装置。ドラマが流ちょうに流れ出すのは権太が登場してから。その歯切れのよさ。小金吾相手に片肌脱いで見せるツケ入りの見得(みえ)など小気味のいいこなしで、やがて起こる“もどり”の結末まで序破急よろしく見事な運び。
この公演で踏ん張ったのが七之助。木の実では休演した勘太郎に代わって小金吾、そのあと娘お里と二役大熱演。お里は恋した娘心を愛らしく演じて一段の成長。代役といえば、志のぶが「十種香」の濡衣と権太の女房小せんで踏ん張り、小せんは温かい人情に水商売上がりの色気ものぞかせているのがいい。23日、明治座。(岡安辰雄)
×
今後の公演は滋賀県・びわ湖ホール(9月10日)、愛知県・豊川市文化会館(11日)、三重県・三重文化会館(12日)、愛知県・扶桑文化会館(13日)、岐阜県・相生座(23日)、名古屋市・名古屋平成中村座(24−27日)。

この記事は「中日新聞多治見支局」のご協力を得て掲載しています
|